電力市場は3つの価値を売り分けている
日本の電力自由化で開いた3つの卸市場は、電気という同じ商品を「発電量」「供給余力」「瞬時の追従性」という3種類の価値に切り分けて、別々に取引している。日経エネルギーNextの解説が整理するように、調整力を扱う市場の改革はスポット価格にまで波及する。2026年3月13日、需給調整市場の主要商品が前日・30分単位・広域運用へ移り、全商品のタイミングがスポット市場と揃った。kWh価値・kW価値・ΔkW価値の3市場がタイミングを揃えたこの局面から、電気が持つ3つの価値と、それぞれを誰が誰に売っているのかを基礎から解く。
01kWh市場の外側で、2つの市場が同時に回っている
出力制御はコスト順へ向かうで扱ったメリットオーダー(運用コスト順)の世界は、電気を「安い順に動かす」kWh市場の話に収まっている。ところが電力自由化で開いたのは、その1市場だけではない。スポット市場(kWh)の外側に、将来の供給余力を取引する容量市場と、瞬時の追従性を取引する需給調整市場が、別々の時間軸で同時に回っている。
この3つは、同じ「電気」という商品を扱いながら、売っている価値がそれぞれ違う。スポット市場が売るのは実際に流れる電力量、容量市場が売るのは数年先まで供給力を用意しておく約束、需給調整市場が売るのは秒・分単位で出力を動かせる追従性になる。1つの発電所や蓄電池が、この3市場に別々に応札し、別々の対価を受け取る構造へ変わってきた。
2026年3月13日、この構造が実務で噛み合う節目を迎えた。需給調整市場の主要商品が前日・30分単位・広域運用へ移り、スポット市場と同じサイクルで動き始めた。3つの市場のタイミングが揃い、「電気の3つの価値を、どの市場で誰に売るか」という問いが、事業設計の中心に立ち上がってくる。
02電気が持つ3つの価値 ─ kWh・kW・ΔkW
用語の中身から押さえる。電気を商品として見ると、そこには性質の違う3つの価値が畳み込まれている。この3つを分けて理解すると、市場が3つに分かれている理由がそのまま見えてくる。
1つ目はkWh価値。ある時間帯に実際に発電し、系統へ流した電力量そのものの価値で、単位は円/kWhになる。安い電源から順に動かすメリットオーダーが値段を決める世界で、これは電気の「量」に対する対価にあたる。
2つ目はkW価値。数年先の需要ピークに備えて、発電できる設備を確保しておく「供給余力」の価値で、単位は円/kW・年になる。実際に発電するかどうかは問わない。「いざというとき出せる設備がそこにある」ことに対して、年単位で対価が支払われる。
3つ目はΔkW価値(デルタケーダブリュー価値)。天候や需要のブレで生じる瞬間ごとの需給ギャップを、秒・分単位で埋める「追従性」の価値で、単位は円/ΔkW・30分になる。周波数(東日本50Hz/西日本60Hz)を保つために、出力を上下へ動かせる余力を待機させておくことへの対価になる。
同じ石炭火力でも、フル稼働してkWhを売る局面、止めておいて供給余力としてkWを提供する局面、出力に余白を残してΔkWを提供する局面で、稼ぎ方が変わる。電気の価値が3つに分かれているからこそ、電源1つの使い道も3通りに広がる。
033つの市場と、買い手の顔ぶれの違い
3つの価値は、それぞれ別の市場で、別の主体が買っている。ここが自由化前と大きく変わった点になる。かつては旧一般電気事業者が発電から送配電、小売までを一体で担い、量も余力も追従性も社内で調整していた。いまは価値ごとに市場が分かれ、買い手の顔ぶれも分かれる。
kWh価値を取引するのは、JEPX(日本卸電力取引所)が運営するスポット市場・時間前市場になる。ここで買うのは主に小売電気事業者で、契約している家庭や工場へ届ける電力量を、卸市場と相対契約で調達する。売り手は発電事業者で、メリットオーダーに沿って安い電源から約定していく。
kW価値を取引するのは容量市場で、4年先の供給力をあらかじめ約定する。費用を負担するのは小売電気事業者で、容量拠出金という形で広く薄く乗ってくる。売り手は将来も供給力を用意する発電事業者・蓄電池で、「4年後も設備がそこにある」約束に対して年単位の対価を受け取る。実際に発電したかどうかとは切り離された、供給余力への支払いになる。
ΔkW価値を取引するのは、EPRX(電力需給調整力取引所)が運営する需給調整市場になる。ここで買うのは一般送配電事業者(東京電力パワーグリッドなど10エリアの送電網の運営主体)で、周波数と需給を保つための追従性を調達する。売り手は発電事業者・系統用蓄電池・需要応答(DR)を束ねるアグリゲーターになる。
買い手を並べると、顔ぶれがはっきり分かれる。kWhの買い手は小売、kWの費用負担も小売、ΔkWの買い手は一般送配電事業者。「電気を売る」と一括りにされがちな取引が、価値ごとに相手の違う3つの商流に分かれている。
3つの市場の外側には、実需給の後に生じた過不足を最終的に値付けするインバランスの仕組みが控える。2026年10月からは、需給ひっ迫時の上限にあたるC値が200円/kWhから300円/kWhへ、補正項のD値が現行の45円/kWhから50円/kWhへ引き上げられ、需給が締まった瞬間の「最後の値段」も動く。3市場が事前に価値を売り分け、インバランスが事後に帳尻を合わせる二段構えになる。
04ΔkWの中身 ─ 応動速度のラダーと2026年3月の3点セット
3市場の中でも、2026年に最も動いたのがΔkW価値を扱う需給調整市場になる。まずΔkWの中身から分解する。
ΔkWは一枚岩ではなく、「どれだけ速く出力を動かせるか」で階層に分かれている。速い追従性ほど周波数維持の中枢を担い、単価も相対的に高い。一次調整力は10秒以内、二次調整力①・②は5分以内、三次調整力①は15分以内、三次調整力②は45分以内に応動する区分になる。蓄電池は秒〜分の高速帯で優位に立ち、揚水は中速帯、火力は低速帯に残るという棲み分けが自然に生まれる。
この需給調整市場が、2026年3月13日に3点セットで組み替えられた。1点目は前日・30分単位化。従来は週間・3時間ブロックで取引していた一次〜三次調整力①が前日・30分コマへ移り、もともと前日取引だった三次調整力②も含めて全商品の取引タイミングが揃った。スポット市場とほぼ同じサイクルで回るようになり、3市場の連動が実務で成立する起点になった。
2点目は必要量の1σ相当化。一般送配電事業者が確保する調整力の量を、従来の3σ相当(需給変動をほぼ取りこぼさない厚み)から1σ相当へ絞った。残差は既存電源の余力を追加で活用する仕組みで吸収する設計に切り替わり、市場が抱える調達量そのものが縮む。
3点目は上限価格15円化。ΔkWの約定価格の上限が19.51円/ΔkW・30分から15円/ΔkW・30分へ引き下げられた。単価の頭打ちと必要量の圧縮が同時に効き、ΔkW価値は単価と量の両面で締まる方向へ動く。3市場のうちΔkW市場だけを収益の柱に据えるモデルは、そのままでは成立しにくくなる。
05マルチ市場運用 ─ 1つの資産を3市場に振り分ける
3つの価値が別々に取引されるということは、1つの資産を複数の市場へ同時に差し出せることを意味する。とりわけ系統用蓄電池は、kWh・kW・ΔkWの3市場すべてに参加できる稀有な資産になる。充電と放電で値差を取ればkWh、設備を用意しておけばkW、出力に余白を残せばΔkWと、同じ電池が3通りの稼ぎ方を持つ。
この3市場への振り分けが、いま蓄電池事業の設計思想を変えている。2025年度の系統アクセス申込のうち86%が蓄電池に集中したことは、この資産が3市場を横断できる柔軟性を持つことと無縁ではない。単一の市場に収益を預けると、その市場が締まった瞬間に採算が崩れる。ΔkW価値の単価と量が同時に絞られた2026年3月の改革は、単一市場依存の危うさをそのまま映している。
マルチ市場運用は、1つの蓄電池の充放電サイクルと出力余力を、時々刻々どの市場へ配分すれば収益が最大になるかを解き続ける運用を指す。スポットの値差、容量の固定収入、ΔkWの待機対価を1つの最適化に載せ、電池の劣化状態(SoH)や残量(SoC)まで織り込んで配分する。ここで効くのは設備の大きさよりも、予測と最適化を回すオペレーターの技術差になる。
収益の柱を1本から3本へ増やす発想は、単価下振れへの備えでもある。ΔkW市場が締まっても、スポットの値差と容量の固定収入で下限を支えられる。「作って売り切る設備」から「20年運用する事業」へ、蓄電池ビジネスの重心が移る前提が、3市場の連動でようやく揃った。
06事業構造 ─ 3市場化で誰の収益と費用が動くか
3つの価値が別々に値付けされる市場は、業種ごとに収益と費用の地形を違う形で動かす。ここからは層別に、何が起きる可能性があるかを構造で整理する。特定の事業者の勝ち負けではなく、それぞれの資産特性が3市場のどこに向くかを描く。
蓄電池IPP(独立系発電事業者)
蓄電池は3市場すべてに参加できるがゆえに、どの価値へどれだけ配分するかがそのまま運用の巧拙になる。単一市場に寄せた設計は、その市場が締まると採算が崩れる構造を抱える。金融機関の融資審査も、単一市場の収入前提から、3市場を積んだ収益計画とオペレーターの運用実績を前提に置く方向へ移りつつある。
一般送配電事業者
一般送配電事業者は、容量市場でkWを、需給調整市場でΔkWを買う二側の買い手に立つ。ΔkW価値の上限が15円へ下がり必要量も絞られたことは、調整力の調達コストを押し下げる方向に働く。残差を既存電源の余力で吸収する仕組みが機能するかが、コスト削減を実際の効果として確定させる条件になる。
小売電気事業者
小売電気事業者は、kWh価値を卸市場と相対で調達する費用側に立ち、容量拠出金という形でkW価値の費用も負担する。ΔkW価値の単価が下がれば、調整力コストは巡り巡って小売の負担にも軽く効いてくる。3市場のうち2つで費用を負う立場から、調達の巧拙が競争力を左右する。
発電事業者
石炭・LNG・再エネ・蓄電池は、3つの価値のどれで主に稼ぐかの比率が資産ごとに違う。燃料費の高い火力はkWhの稼働時間が縮み、供給余力としてのkWや追従性としてのΔkWへ重心を移す。再エネはkWh価値を軸に置き、蓄電池は3市場を横断する。資産の物理特性が、そのまま3市場への向き先を規定する。
アグリゲーター・VPP
分散した蓄電池や需要応答を束ねるアグリゲーター・VPP(仮想発電所)は、小口のリソースを集約して主にΔkW価値を売る窓口になる。1台では市場に届かないリソースも、束ねれば追従性の商品として成立する。3市場のΔkW側で、分散リソースを価値に変える層に立つ。
商社・金融
3市場を横断するトレーディングは、価格予測と最適化の技術がそのまま利得へ直結する領域になる。海外の卸電力市場で最適化ノウハウを積んだ商社・金融は、日本市場でもその技術を差別化の原資にできる。融資のアンダーライティングも、単一市場前提から3市場統合前提の基準へ組み替わっていく。日本は、電力トレーディングを支える商社・金融、運用を支える建設・重電、電池を供給する製造の層が同時に厚く、この重心移動を国内で受け止める素地を持つ。
結論:電気は量・余力・追従性の3つに分けて売られている
電力自由化で開いた3つの市場は、電気という商品を「発電量(kWh)」「供給余力(kW)」「瞬時の追従性(ΔkW)」という3種類の価値に切り分け、それぞれ買い手の違う商流で取引している。2026年3月13日の需給調整市場改革で3市場のタイミングが揃い、ΔkW価値は上限15円・必要量1σへ締まった。単一市場に収益を預ける設計は崩れやすく、系統用蓄電池のように3市場を横断できる資産は、どの価値へどう配分するかの運用力が事業の成否を分ける。自社の資産がどの価値を、誰に売っているのかを起点に、事業を組み直す局面に入ってきた。