蓄電所ブームは官製市場が生んでいる
全国で計画される蓄電所の建設に投資が殺到している──日経の報道(2026年6月)は、内部収益率(IRR)が20%超、建設費の回収が1〜2年という案件も現れ、官製の市場がブームを呼んでいると伝える。背景には2つの大きな流れがある。データセンターと半導体工場で電力需要が増える一方、電源は再生可能エネルギーを主力に据え原子力を活用するクリーン化へ向かう。変動する再エネを主力電源にするほど、電気を「ためて流す」蓄電の層が要る。そして政府は2026年6月、従来の蓄電池産業戦略を「蓄電池・電源産業戦略」へと改定し、国内製造基盤の確立からグローバル展開、全固体電池の産業化までを束ね直した。本稿は、需要とクリーン化が蓄電を必要にする構造、官製市場が生む足元のブーム、国の新戦略の中身、世界の政策動向、各社の取り組みまでを、概要レベルで一度整理する。
01出発点 ─ 電力需要は増え、電源はクリーン化へ向かう
長く減少か横ばいと見られてきた日本の電力需要が、増加に転じつつある。けん引役は生成AIの計算を担うデータセンターと、国内に立ち上がる半導体工場だ。2025年2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画は、2040年度の発電電力量を1.1兆〜1.2兆キロワット時程度と見込む。2023年度に比べておよそ2割多い水準で、増分の主因にデータセンターと半導体産業の拡大を挙げている。立地がどこに決まるかは電力の確保で左右される──この点はSoftBank、世界DC投資は「電力で勝てる国」を選ぶで整理したとおりだ。
同じ計画は、その電気をどう作るかの設計図も描き直した。2040年度の電源構成は、再生可能エネルギーが40〜50%程度で初めて主力電源となり、原子力が20%程度、火力が30〜40%程度と示された。太陽光は2023年度の約1割から2040年度に23〜29%程度へと最大の電源に育つ見通しだ。いまの供給は地域差こそあるが火力に大きく依存している。そこから、再エネを軸に原子力を活用し、火力は脱炭素化を進める方向へ──電源の「分散化とクリーン化」が国の基本線になった。
02なぜ蓄電が要るのか ─ 再エネ主力化は「ためる」層を必要とする
ここで蓄電が効いてくる。太陽光や風力は、天気と時間でつくれる量が変わる変動電源だ。火力のように出力を自在に上げ下げできない。再エネが主力になるほど、昼に余り夜に足りない、晴れた日に余り曇れば足りない、という需給のズレが大きくなる。実際、太陽光の多い地域ではつくった電気を捨てる「出力制御」がすでに増えている。電力は本来ためられず、つくった瞬間に使うしかない財だった。その前提を変えるのが蓄電だ。
蓄電池をつないだ施設──蓄電所──は、電気が余る時間に充電し、足りない時間に放電する。再エネの余りを捨てずに夜へ回し、需給の細かなズレを秒・分の単位で埋める。発電(つくる)と送配電(はこぶ)に続く、電力システムの三つ目の層として「ためる」役割を担う。原子力やSMR、火力の脱炭素化が電源そのものをクリーンにする取り組みだとすれば(原子力をめぐる動きはSMRはグローバル原発の主流になるかで扱った)、蓄電はそのクリーンな電気を無駄なく使い切るための調整弁にあたる。需要が増え、電源がクリーン化するほど、この「ためる」層の必要量は積み上がる。
03官製市場が蓄電所ブームを生んでいる
必要性は前からあった。それをいま投資が殺到する事業に変えたのは、国が用意した2つの市場だ。第一は需給調整市場で、2024年4月に全面開始し、需給の細かなズレを埋める「調整力」を蓄電所などが売れるようになった。日経によれば、調整力の単価は足元で1キロワット・30分あたり15円といった水準で、供給が需要に追いつかない「ボーナス期」にあるという。ただしこの単価は制度的に頭打ちへ向かう。資源エネルギー庁は2025年10月、一次・二次①調整力の入札上限価格を1キロワット・30分あたり19.51円から7.21円へ引き下げ(約6割減)、他区分と統一する案を示しており、2026年度以降の適用が見込まれる。第二は長期脱炭素電源オークションだ。容量市場の一部として2023年度に始まり、脱炭素電源に新規投資する事業者が落札すれば、初期20年にわたり固定的な収入が確保される。これまでのオークション(2023〜2025年度)でも、リチウムイオン電池をはじめとする蓄電池が累計で相当量落札されている。長期の固定収入と足元の高い調整力収入の二階建てが、回収の見通しを大きく改善させた。
結果として、計画が一気に膨らんでいる。日経によれば、全国で計画される蓄電所の出力は2025年末時点で約172ギガワットに達し、すでに稼働している規模の200倍を超える(系統への接続を検討する申込ベースで、大半は計画段階)。関西電力は2030年代の早い時期に100万キロワットの開発を掲げる。IRRが20%を超え、建設費を1〜2年で回収できる案件が現れたことが、この殺到を端的に物語る。市場規模そのものも、調査機関の予測では2024年度の約450億円から2030年度に約4,240億円へ、およそ9.4倍に拡大する見通しだ。系統用蓄電池の累計導入も、経済産業省の見立てで2030年に14.1〜23.8ギガワット時程度が見込まれている。
ただし、ここに至るまでには10年がかりの制度整備があった。2050年カーボンニュートラル宣言を起点に、エネルギー基本計画の改定、市場の創設、産業戦略の策定が積み重なり、その上に企業の参入が重なって、足元のブームが生まれている。下図に近年の流れを整理する。
04国は「蓄電池・電源産業戦略」で産業化を狙う
蓄電所のブームが国内の系統ビジネスの話だとすれば、その土台にある蓄電池そのものを国の産業として育てる設計図が、2026年6月2日に改定された。政府の蓄電池産業戦略推進会議がまとめた「蓄電池・電源産業戦略」だ。2022年の旧戦略に「電源」を冠したのが象徴で、電池単体ではなく、出力制御まで含めた電源システム全体を一つの蓄電ソリューションとして競争力を高める方針へと軸を移した。背景には、AIデータセンター向けに、容量(エネルギー密度)だけでなく瞬発的な出力(パワー密度)に優れた蓄電池が要るという需要の変化がある。
戦略は3つの目標を掲げる。要点を一覧にする。
| 目標 | 内容 | 時期・規模 |
|---|---|---|
| 国内製造基盤の確立 | 蓄電池・部素材・製造装置の国内製造基盤(マザー工場)を確立。経済安全保障推進法に基づく支援で投資を後押し。 | 2030年〜2030年代半ばに150GWh/年。すでに100GWh/年超の計画が進行。官民の必要投資額は3.4兆円(BASC試算) |
| グローバルプレゼンスの確保 | 日本企業が強みを発揮できる成長市場で、蓄電池関連売上高(セル・パック・モジュール・蓄電システム等)を伸ばす。 | 2025年から2035年に売上高を3倍。世界市場はこの間に約2倍の見通し |
| 次世代電池市場の獲得 | 全固体電池や革新型電池で技術リーダーの地位を維持。高温耐性などの強みが活きる用途を開拓。 | 全固体電池は2030年頃に本格実用化、2030年代半ばに需要規模に応じた製造基盤 |
2つ目の「グローバルプレゼンス」は、見方を変える目標だ。2022年の旧戦略は生産能力(2030年にグローバルで600GWh/年。世界市場が3,000GWh/年に拡大してもシェア20%を確保する想定)を掲げていたが、改定版はこれを市場での売上高に置き換えた。中国の過剰供給で「能力を積めば勝てる」前提が崩れたことの裏返しでもある。
目標を支える柱は、製造基盤への投資支援、上流資源(リチウム・ニッケル等)の確保とサプライチェーン強靱化、同志国とのアライアンスと国際標準づくり、次世代技術開発、国内市場の創出、人材育成(サプライチェーン全体で3万人)、リサイクルなどの環境整備に及ぶ。系統用蓄電所は、このうち国内市場の創出の柱に位置づけられ、長期脱炭素電源オークションや導入補助金が需要を生み、NITEが2026年5月に整えた安全ガイドラインが品質を担保する。足元のブームは、この産業政策の一部として設計されている。
05世界の政策は逆風と追い風が交錯している
もっとも、蓄電池を取り巻く世界の環境は、この数年で大きく揺れた。グローバルの蓄電池市場は2035年に約2倍、2040年に約2.4倍へ成長する見通しだが、2030年の需要規模の予測は各機関で約1,600〜2,900ギガワット時/年と幅があり、この数年で大きく下方修正された。中国の過剰供給と、米国の需要減少が同時に表面化したためだ。
政策の方向は国によって割れている。米国は第2次トランプ政権の下でEV普及目標を撤回し、インフレ抑制法(IRA)の購入支援を撤廃するなど、需要を支える施策を相次いで縮小した。一方でEUはバッテリーブースター(約18億ユーロ)や産業加速法で域内生産を厚く保護し、韓国も世界シェアを2024年時点の19%から2030年に25%へ引き上げる「K-バッテリー」策を掲げて自国産業を強化する。中国はリチウムイオン電池関連の輸出管理を拡大し、黒鉛やLFP正極材の製造技術などを制限対象に加えた。日本の新戦略が「戦略的自律性・不可欠性」を前面に出し、上流資源の確保やリサイクル(欧州電池規則対応・バッテリーパスポートの2027年実運用)を急ぐのは、こうした分断が前提になっているからだ。中国の電池はもう市販、日本の本命は2027年で見た製造競争の構図は、政策の分断でさらに複雑になっている。
06各社の取り組み ─ 電力・商社・製造・通信が一斉に動く
国内の蓄電所事業に話を戻すと、参入は特定の業種に偏らず多層に広がっている。電力会社、商社、蓄電システムの製造、自前の需要を持つ通信・不動産まで、それぞれ違う強みを持ち寄って入ってきた。主な動きを一覧にする。
| プレイヤー | 主な内容(事業・連携) | 規模・時期 |
|---|---|---|
| 関西電力 | 系統用蓄電所の開発。パワーエックスと資本業務提携(2022年)し、EV充電器を使った需給調整の研究も進める。 | 2030年代早期に100万キロワットの開発目標 |
| パワーエックス | 蓄電システムの自社製造(岡山・玉野「Power Base」)と蓄電所開発の両建て。系統用蓄電システムを各社の蓄電所向けに供給。2025年12月に東証グロース上場(485A)。 | 共同事業向けに「Mega Power 2500」を供給。2024年から量産出荷 |
| 伊藤忠商事・東急不動産・自然電力ほか | 商社・不動産・再エネ事業者による蓄電池パートナーシップ(2023年協定)。用地・ファイナンス・運用を分担し蓄電所を組成。 | 各地で開発が進行 |
| 三菱地所・伊藤忠・東京センチュリー | 共同で系統用蓄電所を開発(福岡県筑前町ほか)。蓄電システムはパワーエックスから調達。 | 筑前町は出力67メガワット・容量約230メガワット時、2027年度の商業運転を予定(蓄電システム102台「Mega Power 2500」) |
| 東京センチュリー・KDDI・NTT・HDRE(台湾)ほか | リース・金融や通信のインフラ運営力を生かした蓄電所投資・運用。海外勢の参入も伝わる。 | 各社で出資・開発が継続 |
並べると2つの特徴が見える。第一に、これは特定の一社が引っ張る話ではなく、工程ごとに別の企業が役割を持つ層の構造だ。蓄電システムをつくる製造、用地を確保する不動産、資金を出す商社・金融、系統を運ぶ電力会社が、それぞれの強みで分担している。第二に、その担い手の中心が異業種から来ている。通信や不動産、リース金融が、自前の資産やファイナンス力を蓄電という新しい資産クラスに振り向け始めた。蓄電「所」の事業化は、電池の優劣とは別に、制度設計と資金・用地の組成力で動いている。
07政府が描くロードマップ
新戦略は、ここまで見た要素を2026年から2040年までの工程表に落とし込んでいる。3枚に分けて示された図をそのまま引用する。
08リスク ─ 「ボーナス期」も製造競争も楽観できない
足元の高採算がそのまま続く保証はない。日経の見出しが「投資回収にはリスク」と添えるとおり、いまの高い収益は供給が需要に追いついていない「ボーナス期」ゆえのものだ。計画中の172ギガワットの一部でも動き出せば調整力の供給は増え、単価は下がっていく。早くつくった事業者ほど高い収入を取り、遅れた事業者は薄い採算に直面する──早い者勝ちの色彩が濃い。需給調整市場や容量市場のルールも設計途上だ。前述のとおり調整力の入札上限価格は2026年度以降に大きく引き下げられる方向で、足元の高い収入を前提にした採算は早晩崩れうる。172ギガワットの大半は接続検討の申込段階にとどまり、系統の空きや工事費負担で、すべてが実現するわけではない。
製造の側も楽観はできない。新戦略自体が、各国の政策変更を受けて「国内外で蓄電池関連の投資を後退・中止する動きも見られる」と認めている。中国の過剰供給と米国の需要減で価格競争は激しく、日本企業が中韓に追いつくのはなお容易でない。蓄電所(国内の系統ビジネス)と蓄電池(グローバルな製造産業)は、別の時計で動いている。前者は官製市場が生んだ足元のブーム、後者は10年単位の産業競争だ。同じ「蓄電」でも、追い風の強さも時間軸も異なる点を切り分けて読む必要がある。
結論:蓄電所ブームと蓄電池産業は別の時計で動く
データセンターで電力需要が増え、電源が再エネ主力・原子力活用へクリーン化するほど、変動を吸収して電気を「ためる」蓄電の層は必要量を増す。この構造的な追い風は本物だ。ただし足元の蓄電所ブームは、需給調整市場と長期脱炭素電源オークションという官製市場が供給不足の過渡期に生んだボーナスで、供給が増え制度が変われば冷める早い者勝ちの局面でもある。一方、政府が2026年6月に改定した「蓄電池・電源産業戦略」は、国内製造基盤150GWh/年・グローバル売上3倍・全固体電池の2030年実用化までを束ねた10年単位の産業政策で、中国の過剰供給と米国の需要減という逆風のなかを進む。蓄電所(国内の系統ビジネス)と蓄電池(グローバルな製造産業)を切り分けて見ることが、需要増の先を読む起点になる。
日本経済新聞「蓄電所、官製市場が呼ぶブーム 投資回収にはリスク」(日経、2026年6月)/経済産業省・蓄電池産業戦略推進会議「蓄電池・電源産業戦略」(経済産業省、2026年6月2日。3つの目標・各国政策動向・ロードマップ・必要投資額3.4兆円〔BASC試算〕等)/資源エネルギー庁「第7次エネルギー基本計画」(2025年2月閣議決定。2040年度電源構成・発電電力量見通し)/経済産業省・資源エネルギー庁 系統用蓄電池関連資料(2030年導入見通し約14.1〜23.8GWh、需給調整市場・長期脱炭素電源オークションの制度概要)/電力広域的運営推進機関(OCCTO)「長期脱炭素電源オークション約定結果(応札年度2025年度)」(2026年5月)/資源エネルギー庁 系統制度に関する検討資料(需給調整市場の入札上限価格の見直し案=一次・二次①を19.51円から7.21円/ΔkW・30分へ、2025年10月)/蓄電所市場規模の予測(調査機関による2030年度約4,240億円・2024年度比約10倍)/パワーエックス・伊藤忠商事・東急不動産・三菱地所・東京センチュリー各社のプレスリリース・IR(系統用蓄電所の共同事業、福岡県筑前町蓄電所、パワーエックスの東証グロース上場など)。具体数値は公開前に各一次資料で再確認する。