出力制御はコスト順へ向かう
昨日扱った再給電方式(一定の順序)には、すでにメリットオーダー(運用コスト順)の芽が一部の順位に埋め込まれている。経済産業省は2025年10月15日に「同時市場の在り方等に関する検討会 第二次中間取りまとめ」を公表し、kWh市場と需給調整市場を一本化して、燃料費・起動費・出力可変速度まで含めた一括最適化を行う同時市場(simultaneous market)の構想を、5段階の工程で示している。市場開設の目標は2030年代前半。出力制御の経済化はそこに向けて、ルールベースの順序からコスト順のディスパッチへと、段階的に重心を移していく。
01「一定の順序」の中に、すでにコスト順は組み込まれている
制度の現状から押さえる。基幹系統では2023年12月から、ローカル系統では2026年4月から、再給電方式(一定の順序)が運用されている。一見すると「上から順に絞る」だけのルールに見えるが、よく観察すると、その順序の中身には、すでにコスト順の発想が部分的に埋め込まれている。
たとえば順位2の火力電源等+電力貯蔵のグループの中では、混雑解消量に必要なkWを、各電源のメリットオーダー(運用コスト順)で割り付ける運用が採られている。順位3〜5のノンファーム型電源も、グループ内では混雑寄与度や運用コストを参照する。一方で、グループそのものの並び順(火力 → ノンファーム再エネ → 長期固定電源)は、優先給電ルールという政策的な並びで固定されており、ここに経済合理性は入っていない。
つまり今日の運用は、縦の並びはルール/横の刻みはコストというハイブリッドになっている。コスト順は新規の発明ではなく、すでに足元に部分的に存在している。次の制度進化の論点は、その縦の並びまで含めて、どこまでコスト順に置き換えていけるか──にある。
02メリットオーダーとは何か ─ 限界費用と起動費の足し算
用語の中身から押さえる。メリットオーダーとは、複数の発電所が同じ電気を供給できるときに、「追加で1kWhを発電するために、いくら費用がかかるか」の安い順に動かす考え方を指す。海外の卸電力市場で広く採用されている基本ロジックで、米国のPJM、テキサスのERCOT、欧州各国の卸電力市場は、いずれもこの考え方を変形したものを使っている。
必要な数値はおおむね3層に分かれる。1層目は燃料費。原燃料の市況に比例する。LNG専焼や石油専焼は燃料費が高く、石炭・原子力は相対的に低い。再生可能エネルギー(太陽光・風力)はそもそも燃料を使わないため、ここは限りなくゼロに近い。2層目は起動費。停止状態から定格出力まで立ち上げる過程の燃料・人件・摩耗コスト。大型火力ほど高く、ガスタービンは中程度、蓄電池はほぼゼロ。3層目は部分負荷ペナルティ。定格より低い出力で動かしたときに上がる比熱率(kWhあたりの燃料消費)の差分にあたる。この3層に、CO2排出枠コストを乗せたものが、いま日本で運用コストと呼ばれているものに近い。
運用コストの低い再エネと原子力は、メリットオーダーの考え方の下では「最後まで動かし続ける電源」になる。逆に、燃料費の高い石油専焼やLNG専焼は、需要が下振れたとき真っ先に止まる電源に位置する。今日の優先給電ルール(火力を先に絞り、再エネはノンファーム枠だけ後で絞る)は、結論部分でメリットオーダーと方向が一致する箇所も多いが、グループの並びを政策で固定している分、経済合理性とは細部でずれる。
03同時市場 ─ kWhとΔkWを一括最適化する次世代設計
次に、その経済化の到達点として議論されている同時市場(simultaneous market)を押さえる。同時市場は、いま分離されている2つの市場──電力量を取引するkWh市場と、調整力を取引する需給調整市場──を、一つの最適化問題に統合する構想を指す。資源エネルギー庁の制度設計WGと、同庁・OCCTO(電力広域的運営推進機関)が共同事務局を務める「同時市場の在り方等に関する検討会」が、2025年度を通じて詳細設計を進めている。
用語をひと言で押さえる。kWhは、ある時間帯に「実際に何kWhを発電・消費するか」の量。ΔkW(デルタケーダブリュー)は、その時間帯に「いつでも出力を増減できるよう、どれだけの余力を確保しておくか」の量。両者は別の商品として、別の市場で取引されてきた。kWh市場はJEPX(日本卸電力取引所)のスポット市場、ΔkW市場は電力需給調整力取引所(EPRX)の需給調整市場が、それぞれ運営してきた。
この分離は、市場参加者にとっては同じ電源を2回入札することを意味する。発電事業者はまずスポット市場にkWhを売り、残った出力余力をΔkW市場に応札する。市場開設のタイミングがずれていて、最適化の解が大域最適にならない、入札順序が事業者の利得に影響する、といったひずみが指摘されてきた。同時市場はこのひずみを、1つのオークションで両方の価格を同時に決めることで解消しようとする。
同時市場での入札情報は、いまのスポット市場と性格が異なる。価格情報は、起動費/最低出力費用/増分費用の3項目に分かれる。運転パラメータとして、出力の上下限/起動時間/出力変化速度を登録する。これらを市場運営者が受け取って、需要・送電線の混雑制約・予備力要件のすべてを満たすディスパッチ解を、最小コストで解く──というのが同時市場のオークション設計にあたる。これは米国PJMやテキサスERCOTで使われているSCED(Security-Constrained Economic Dispatch、セキュリティ制約付き経済ディスパッチ)と同系統の発想で、海外卸電力市場では数十年単位の運用実績がある。
045段階の工程 ─ いまどこにいるか
同時市場は、すぐに動き出す制度ではない。資源エネルギー庁とOCCTOが共同事務局を務める検討会が示した工程は、5段階に分かれている。現状は第1段階の途中にあり、市場開設の目標は2030年代前半に置かれている。
市場開設まで5〜10年単位の時間軸が描かれている背景には、論点の重さがある。発電事業者が登録する起動費・燃料費・出力可変速度といったパラメータは、いずれも事業者の私的情報に属する。それを市場運営者がどこまで、どのように検証するのか。自社火力を高値で申告して自社の再エネを優位にするような市場操作をどう防ぐのか。米国ではFERC(連邦エネルギー規制委員会)と独立市場監視機関(MMU)が二段構えでこれを担う。日本では電力・ガス取引監視等委員会の機能をどこまで拡張するかが、制度設計の中心的な論点になっている。
2030年代前半までの空白期間は、空白ではない。並行して、需給調整市場の精緻化(2026年3月の前日取引化、上限価格の15円への引き下げ、必要量の1σ化)、容量市場の運用改善、再給電方式の段階的なコスト順化が、同時市場へのつなぎとして進む。同時市場の市場開設は終着点であり、出力制御と需給調整の経済化は、これから5〜10年かけて段階的に進んでいく。
05事業構造 ─ コスト順化で誰の収益と費用が動くか
制度の経済化は、電源ごとの収益・費用の地形を確実に動かす。ここから先は、業種別に何が起きる可能性があるかを構造ベースで整理する。特定の事業者が勝つ・負けるという話ではなく、層ごとに収益プールと負担構造がどう動くかを描く。
火力発電(旧一般電気事業者の発電部門・JERA・電源開発)
燃料費の高い石油専焼・LNG専焼は、メリットオーダーの考え方の下では「真っ先に止まる電源」に位置づく。kWh売上の稼働時間は縮み、収益の重心はΔkW(容量払い)+起動費補償へ移っていく。設備として残しつつ、稼働しないことで価値を出す枠組み──容量市場・需給調整市場・予備力提供──が、kWh売上を補完していく構造になる。アンモニア混焼・水素混焼への転換投資は、燃料費の長期見通しと、容量払いの長期受け取り見込みが揃って初めて経済合理性に乗る。
再エネ・蓄電池(電源開発/専業ディベロッパー/総合商社)
メリットオーダー化は、運用コストの低い再エネにとって構造的に追い風になる。蓄電所は、kWh市場のスポット価格差、容量市場の容量払い、需給調整市場のΔkW・kWh単価という3層の収益を、AIによる予測モデルとマルチ市場最適化ロジックで取りに行く事業になる。同時市場が立ち上がれば、入札の二段階構造が消える分、最適化の演算は単純化する一方、登録するパラメータの精度(蓄電池のSoC・SoH・残量予測)が直接利得に効く。
商社・トレーディング(日本企業/海外専業)
燃料費・市場価格・ΔkW単価・容量払いの同時最適化は、もともとトレーディング技術の戦場にあたる。海外の卸電力市場で蓄積された最適化ノウハウ、リスク管理、ヘッジ商品設計のスキルが、日本市場でも事業差別化の原資になる。総合商社が国内アグリゲーター事業や蓄電池ファンドを通じて積んできた現場ノウハウと、海外金融機関・電力トレーダーが持つ最適化アルゴリズムの組み合わせが、複数の入口で立ち上がってくる。
系統運用事業者(OCCTO・一般送配電事業者)
同時市場が稼働する世界では、市場運営の中央計算機能が現在より格段に大きくなる。発電所パラメータの一括最適化を、混雑制約を満たしながら数分以内に解く演算は、SCEDシステムの大規模・高速化を要する。一般送配電事業者の役割も、現在の「物理運用+調整力調達」から「経済運用の参加者」へと広がっていく。OCCTOがその司令塔機能をどこまで担うかが、組織設計上の論点になる。
政策・監視(電力・ガス取引監視等委員会)
同時市場の入札情報は、各事業者の価格情報+運転パラメータという商業上の機微情報を含む。事業者側の自己申告に依存しつつ、市場操作(自社火力を高値で申告して自社の再エネを優位にする等)を継続的に監視する仕組みが要る。米国の独立市場監視機関(MMU)モデル、FERCの市場行動監視ガイドラインを参考にした、日本版の監視機能拡充が、制度の信頼性を担保する条件になる。
06需給調整市場の手前で起きている経済化
同時市場の市場開設まで時間がある以上、当面の経済化は既存の市場の中で進む。2026年3月14日受渡分から、需給調整市場は前日取引化された。kWh市場(スポット)とΔkW市場(需給調整)が、ほぼ同じタイムスケジュールで動くようになり、参加者は1日のサイクルで両市場を続けて見られる体制になった。同時市場の前段階として、市場間の連動性は実務上すでに上がっている。
同時にΔkWの上限価格が、19.51円/ΔkW・30分から15円に引き下げられた。市場の競争状況に応じて、10円、7.21円への段階的な引き下げが予定されている。必要量の算定も、3σ(必要量の確度を非常に厳しく評価)から1σへ変わり、調達量そのものが縮小する設計になった。厳密には、この3σから1σへの緩和が効くのは複合市場(一次〜三次①調整力)のうち一次調整力と二次①で、二次②・三次①はもともと1σで運用されてきた。あわせて取引手数料も0.03円から0.06円/ΔkW・30分へ引き上げられている。蓄電池の収益主軸として注目されてきたΔkW単価は、ピークから縮む方向に動く。残差は、再給電方式(一定の順序)と余力活用ガイド(バランシンググループ内の余力を共通プールに集約してTSOが融通する仕組み)で吸収する設計になっている。
つまり、同時市場が2030年代前半に開設されるまでの空白期間は、需給調整市場の単価縮小・必要量縮小という市場の正常化を、参加者がどう乗りこなすかの期間にあたる。マルチ市場運用(kWh・ΔkW・容量・予備力の4つを横断する最適化)と、需要予測・SoC管理・参加者群の最適化ロジックが、この期間の競争力を決める。
結論:縦の並びを段階的にコスト順へ置き換えていく
再給電方式(一定の順序)は、すでにグループ内ではメリットオーダー(運用コスト順)を組み込んでいる。これから先の制度進化は、グループ間の縦の並び──優先給電ルールという政策で固定された部分──を、段階的にコスト順へ置き換えていく方向にある。到達点は同時市場で、kWh市場と需給調整市場を1つのオークションに統合し、起動費・燃料費・出力可変速度を一括最適化する設計が、2030年代前半に立ち上がる予定にある。空白期間は、需給調整市場の上限価格引き下げ・必要量縮小・前日取引化という市場の正常化を、参加者がマルチ市場運用で乗りこなす期間として進む。