火力から原子力への転換に残る調達コストと地政学の論点
日本の電気の3分の2は火力が担い、その主力はLNGと石炭になる。石油火力はすでに約1.5%まで縮んでいる。燃料はほぼ全量を輸入に頼り、エネルギー白書2024によれば、化石燃料の輸入額は2022年に約33.7兆円まで膨らみ、名目GDPの6.0%に相当した。この構図を変える一手が、火力中心から原子力中心へ軸足を移す選択になる。ただしその転換は、良いことばかりではない。調達コストの面でどれだけ得をし、地政学の面でどんな依存が減り、どんな依存が新たに生まれるのか。火力から原子力への転換の論点を、基礎から定量的に整理する。
01まず前提 ─ 日本の火力はLNGと石炭で回っている
資源エネルギー庁の令和6年度エネルギー需給実績(確報)では、FY2024の電源構成は火力67.5% / 再生可能エネルギー23.1% / 原子力9.4%になる。火力が3分の2を占める点は変わらないが、その中身をたどると、石油火力は電力調査統計ベースで約1.5%(FY2023)まで縮んでいる。東日本大震災の直後に原発が止まり、一時は石油火力が10%を超えて焚かれた局面と比べると、様変わりした姿にある。
つまり、円安と燃料高で膨らむ調達コストの正体は、LNGと石炭の輸入代金にある。問いは、LNGと石炭をどれだけ原子力・再生可能エネルギーで置き換えられるか、という一点になる。ここを起点に、まず調達コストの大きさから見ていく。
02調達コスト ─ 化石燃料の輸入が毎年GDPの数%
日本は発電用の化石燃料をほぼ全量、輸入に頼る。エネルギー白書2024が財務省貿易統計から整理した化石燃料(石炭・石油・天然ガスの合計)の輸入額は、コロナ禍の2020年に11.3兆円まで下がった後、資源高と円安が重なった2022年に約33.7兆円へ跳ね上がった。わずか2年で3倍近い水準になる。
この金額を名目GDPと並べると、負担の重さが見えてくる。2020年はGDP比2.1%だったものが、2022年には6.0%へ達した。国内で生み出した付加価値のおよそ16円に1円が、燃料の輸入代金として海外へ出ていった計算になる。2023年は27.3兆円・GDP比4.6%、2024年は約25兆円・同4.1%程度(暦年ベースの概算)と、ピークからは和らいだものの、コロナ前の水準にはまだ戻っていない。
内訳は原油が約4割、LNGが約4分の1、石炭が約15%を占める。発電に直接効くのはLNGと石炭で、原油の多くは輸送用燃料や石油化学の原料へ回る。それでも、燃料輸入という一本の管を通じて、電力コストと家計のガソリン代は同じ為替・資源市況につながっている。
03円安と資源高が二重で効いた ─ 2022年の倍増
2022年に輸入額を倍にした要因は、使った量が増えたからではない。経済産業省の通商白書2024は、同年の過去最大の貿易赤字(国際収支ベースで15.7兆円)の主因を「契約通貨建ての物価上昇、とりわけ鉱物性燃料の輸入価格上昇」と整理している。数量の要因より、価格と為替の要因が主導した。
実際、LNGのスポット価格(JKM)は2019年平均の5ドル前後から、侵攻直後の2022年には一時80ドルを超え、年平均でも約34ドルへ跳ね上がった。豪州の一般炭も2019年平均の78ドルから2022年平均で約345ドルへと、いずれも数倍に上がった。同じ時期に為替は1ドル110円前後から一時150円まで円安が進み、ドル建ての値上がりに為替の目減りが上乗せされた。二重の値上がりが同時に効いた形になる。
ここから、冒頭の仮説を冷静に検討できる。「原子力を戻して燃料輸入を減らせば円安が止まる」という因果は、向きとしては正しいが、力の大きさには注意がいる。円安の主因の一つは日米の金利差で、貿易収支や投資収支なども複合的に作用する。燃料輸入は、経常収支を通じて円相場に影響する一部分にすぎない。原子力の復活は、経常収支と交易条件を押し下げる要因を確実に軽くするが、為替相場そのものを反転させる決定打とまでは言いにくい。まず効果の桁を見積もったうえで位置づける必要がある。
04原子力を戻すと調達コストはどれだけ減るか
では、原子力を戻すと調達コストはどれだけ減るのか。手がかりは、原発が全て止まっていた時期の代償にある。総合資源エネルギー調査会の試算(参議院・経済のプリズム経由)では、原発停止に伴う火力の焚き増しで、燃料費は震災前と比べて2013年度に約3.8兆円増えた。内訳は石油+2.4兆円 / LNG+1.6兆円 / 石炭+0.1兆円で、原子力の燃料費減少分−0.3兆円を差し引いて約3.8兆円になる。当時は石油火力の焚き増しが大きかった。
いまは石油火力がすでに絞られているため、原発が戻って置き換わるのは主にLNGと石炭の焚き増し分になる。FY2024の原子力シェアは9.4%で、震災前(FY2010の約25%)の半分にも届いていない。政府の2030年度目標(第6次エネルギー基本計画)は原子力20〜22%で、ここまで戻せば現状から発電量ベースでほぼ倍増する計算になる。2025年2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画も、2040年度に原子力2割程度を掲げている。
置き換わる分をLNG・石炭の輸入削減へ引き直すと、過去実績からみた概算では、年に数兆円規模の燃料輸入を圧縮する余地がある。ただし、原発1基あたりいくら減るという確定した公式試算は公表されていないため、ここはマクロの差分からの概算にとどめる。重要なのは、燃料費の比率が低い電源を増やすほど、調達コストが為替と市況から切り離されていく方向そのものにある。
05費用対効果は発電コストと2つの軸で見る
調達コスト(燃料の輸入代金)は、電気を作るコストの一部でしかない。事業として費用対効果を測るには、建設費・運転維持費・政策経費まで含めた発電コスト(LCOE、1kWhあたりの均等化発電原価)で並べる必要がある。
資源エネルギーの発電コスト検証(2025年2月とりまとめ、2023年時点)では、事業用太陽光10.9円 / 原子力12.6円〜 / 陸上風力16.3円 / LNG専焼19.1円 / 石炭専焼24.8円 / 石油専焼43.8円になる(いずれも円/kWh、政策経費込み)。太陽光が最も安く、火力は炭素価格の上昇で軒並み高い。原子力は事故リスク対応費用(賠償・廃炉などの損害費用)が上振れし得るため、下限のみの表示になる。
ただし、この1本の数字だけで優劣は決まらない。費用対効果は、二つの軸を重ねて見る必要がある。
軸① 燃料費の為替エクスポージャー
発電コスト検証の2021年報告(2030年断面)の感応度分析では、燃料価格が10%動くと発電コストは石油で約1.0円 / LNGで約0.6円 / 石炭で約0.4円/kWh動く。原子力と再生可能エネルギーは燃料費がほとんどかからないため、この振れをほぼ受けない。円安と資源高に強いのは、LCOEの水準そのものよりも「燃料費の比率が低い電源」になる。ここが、調達コストの議論と発電コストの議論をつなぐ結び目にあたる。
軸② 系統統合コスト
太陽光や風力は発電量が天候で変動するため、調整用の電源・蓄電池・送電網の増強といった追加費用がかかる。同検証の2040年断面では、変動する再生可能エネルギーの設備容量比率が上がるほど、太陽光の統合コスト込みのコストは急に膨らむ(設備容量6割のケースで約37円/kWh)。一方で原子力や調整可能な電源の上乗せ幅は小さい。安いLCOEが、そのまま安い電気になるとは限らない。
06これまで見てきた3軸で電源を並べる ─ 費用対効果の見取り図
三つの軸(発電コスト / 燃料費・為替耐性 / 系統統合の負荷)で主要な電源を並べると、費用対効果の見取り図が立ち上がる。単一の数字では隠れていた、それぞれの強みと弱みが見えてくる。
| 電源 | 発電コスト(2023年) | 燃料費・為替耐性 | 系統統合の負荷 | 主な弱点 |
|---|---|---|---|---|
| 原子力 | 12.6円〜(下限) | 高い(燃料費わずか) | 小さい(出力安定) | 建設に時間と資本、安全対策費・バックエンド費用、立地の制約 |
| 太陽光・風力 | 太陽光10.9円 / 陸上風力16.3円 | 高い(燃料費ゼロ) | 大きい(変動を吸収する費用) | 天候による変動、適地の制約、系統増強の遅れ |
| LNG火力 | 19.1円 | 低い(為替・市況が直撃) | 小さい(調整弁として機能) | 燃料の全量輸入、価格変動、CO2排出 |
| 石炭火力 | 24.8円 | 低い(為替・市況が直撃) | 小さい | 炭素価格の上昇、脱炭素の逆風、CO2排出 |
こうして見ると、原子力と再生可能エネルギーは競合するというより補完し合う。原子力は燃料費が低く出力も安定するが、建設に時間と資本がかかり、安全対策費とバックエンド費用、立地の制約が重い。再生可能エネルギーは燃料費ゼロで導入も速いが、変動性を系統で吸収する費用がかさむ。片方はベースを支え、片方は量を稼ぐ。為替から電気代を切り離すという一点では、両者は同じ方向を向いている。
火力を全て置き換える話ではない。LNG火力は当面、需給の調整弁として残り、その分だけ電力コストは為替と市況に晒され続ける。問われているのは、燃料費の比率が低い電源をどの速さでどこまで積み増し、輸入燃料への依存という為替の泣きどころをどれだけ細くできるか、という配分の設計になる。
07地政学リスクで見る ─ どの依存が減り、どの依存が残るか
ここまでは費用とコストの話だった。視点を地政学リスクへ移すと、化石燃料から原子力への振り替えは、また違った損得を見せる。地政学リスクは二つの層で見る必要がある。一つは「誰から買うか」という相手国の集中、もう一つは「どの経路で運ぶか」という海上輸送路(シーレーン)の脆弱性で、化石燃料はこの二層の両方に晒されている。
石油は輸入の約9割を中東に頼り、その大半がホルムズ海峡という単一のチョークポイントを通る。海峡が有事に封鎖されれば供給が細る。ただし発電に使う石油火力はすでに約1.5%で、置き換え効果は運輸用ほど大きくない。LNGは豪州約40% / マレーシア約15% / ロシア約9%(サハリン2、2025年)と調達先の多角化が進み、ホルムズ海峡経由の依存は6%程度にとどまる。石炭は豪州が約7割(2023年度)を占め、同盟国からの調達という一点では、化石燃料の中で最も地政学リスクが低い。
ここから一つの含意が出てくる。「石炭を原子力へ置き換える」動きは、CO2削減の効果は大きい一方で、地政学リスクの低減という面では効果が相対的に小さい。地政学リスクを狙って減らすなら、ホルムズ海峡に縛られた石油や、ロシア産LNGを絞るほうが効く。どの化石燃料を置き換えるかで、地政学的な見返りは変わってくる。
原子力に振り替えると、地政学の地形そのものが変わる。核燃料はエネルギー密度が高く、一度装荷すれば1年以上発電を続けられ、数年分の備蓄も現実的になる。石油の備蓄が約240日(国家・民間・産油国共同の合計)、LNGの在庫が一般に数週間しか持たないのに対し、原子力は「準国産エネルギー」と位置づけられることが多く、それだけの時間的な余裕を持つ。台湾有事のようにシーレーンが一時的に断たれても即座に発電が止まらないレジリエンスは、化石燃料には出せない強みになる。
ただし、地政学リスクがゼロになるわけではなく、依存の形が上流(フロントエンド)へ移る。ウランの採掘はカザフスタンが世界の約4割を占め、その多くがロシアを経由して運ばれる。さらに、燃料を発電用に濃縮する工程ではロシアが世界最大手で、EUですら濃縮役務の2割強〜4分の1をロシアに依存している(年により変動)。化石燃料でロシア依存を減らしても、ウラン濃縮でロシア依存が残る、あるいはそちらへ移りかねない。再処理やプルトニウム利用も日米原子力協定という外交の枠組みに支えられ、米国の同意と国際社会の視線という別種の制約を負う。
加えて、原子力は国内発の途絶リスクを抱える。福島の事故後に全基が止まったように、国内で一つ重大な事故が起きれば、規制によって全基が長期停止しうる。相手国リスクを下げる一方で、「一度に大きく止まる」リスクを国内側に持つ点は、地政学リスクの裏側として見落とせない。
| 地政学リスクの項目 | 化石燃料(現状) | 原子力へ振り替えると |
|---|---|---|
| 輸送経路(シーレーン) | 石油は約9割がホルムズ海峡を通過、LNG・石炭も長い海上輸送に依存 | 燃料の物量が小さく、チョークポイント依存は大きく下がる |
| 相手国の集中 | 石油は中東、LNGは豪州中心だがロシア約9%(2025年)、石炭は豪州約7割(2023年度) | ウラン生産はカザフ約4割、濃縮工程はロシアが最大手 |
| 供給途絶への時間耐性 | 石油は備蓄約240日(国家・民間・共同の合計)、LNGは民間在庫で一般に数週間 | 装荷後1年以上発電でき、数年分の備蓄も可能(準国産) |
| 新たに生じる依存 | ─(既存の化石燃料依存) | ウラン濃縮・転換の海外依存、日米原子力協定に基づく再処理の枠組み |
| 国内発の途絶リスク | 個別発電所の停止は影響が限定的 | 重大事故時に規制で全基が長期停止しうる(福島後の前例) |
地政学リスクで見れば、化石燃料から原子力への振り替えは、ホルムズやマラッカといった輸送経路への依存と、有事に在庫が尽きる脆弱性を大きく和らげる。ただしウラン濃縮のロシア集中という上流の依存が残るため、濃縮・転換の調達先多角化と、六ヶ所を含む国産能力の維持をセットにして初めて、地政学リスクの純減につながる。相手国リスクを消すのではなく、より備蓄と分散の効く形へ組み替える作業になる。
結論:火力から原子力への転換は依存を消さず組み替える
火力中心から原子力中心へ軸足を移す判断は、調達コストと地政学という二つの論点で測れる。日本の電力コストが円安と資源高で膨らむ正体は、LNGと石炭の輸入代金にある。化石燃料の輸入額は2022年にGDP比6.0%へ達し、その大半は数量ではなく価格と為替で動いた。原子力の復活は、この調達コストを年数兆円規模で圧縮する余地を持つが、円安そのものを止める決定打とまでは言えない。費用対効果は、発電コスト(LCOE)に加えて、燃料費の為替耐性と系統統合の負荷という二つの軸で測る必要がある。その3つの軸で見たとき、原子力と再生可能エネルギーは、燃料費の比率が低いという一点で電気代を為替から切り離す方向へそろって効く。両者は代替ではなく、ベースと量を分担する補完の関係にある。地政学の面でも、シーレーンに縛られた化石燃料への依存は軽くなるが、ウラン濃縮のロシア集中という上流の依存が新たに問われる。相手国リスクは消えるのではなく、より備蓄と分散の効く形へ組み替わる。