中東情勢と化学肥料調達の代替ルートを考える
2026年、中東情勢の緊迫で原油やLNGの大動脈であるホルムズ海峡の通航が混乱した。揺れたのは石油やガスだけではない。世界の化学肥料も、その多くが湾岸でつくられ、この海峡を通って運ばれていたからだ。世界銀行のデータで肥料価格は急騰し、IFPRIによれば世界の肥料貿易の約3割がこの海峡を通る。供給が止まると、各国の買い手は調達先を一斉に組み替えはじめた。本稿は、中東情勢をきっかけに世界の肥料調達ルートがどう引き直されているか、そして動いている企業を平易に整理する。
01なぜ肥料は中東に集中していたのか
まず構造を押さえる。化学肥料、とくに窒素肥料は天然ガスからつくられる。天然ガスからアンモニアを合成し、そこから尿素などをつくる。ガスは原料であり燃料でもあるので、安いガスを持つ湾岸諸国は肥料を安くつくれた。実際、湾岸は世界の尿素輸出の約36%、アンモニアの約29%を占め、リン酸の加工に要る硫黄も世界貿易の約半分が湾岸産だ。
できた肥料は、ペルシャ湾の出口にあるホルムズ海峡という狭い海路を通って世界へ運ばれる。2024年時点で、世界の肥料貿易の約3割、原油の約27%、LNGの約2割がここを通っていた。肥料が原油やガスと同じ細い首を共有していたことが、今回のもろさの正体だ。
022026年、調達ルートが詰まった
中東情勢の緊迫でホルムズ海峡の通航が混乱し、湾岸の肥料生産も止まった。世界経済フォーラムなどによれば、カタールはアンモニア・尿素・硫黄の生産を停止し、イランもアンモニア生産を止めた。ガス供給が細ったインドは自国の肥料生産を減らした。
価格はすぐ反応した。世界銀行によると、尿素の国際価格は4月に1トンあたり$850を超え、中東情勢が緊迫した2月から約80%上昇した(2022年4月以来の高水準)。リン酸肥料(DAP)も4月に1割超、硫黄は1月から2倍に上がった。カリ(MOP)も前年比で2桁上がったが、こちらは後述のとおり供給がむしろ緩む方向にある。窒素とリン酸の供給が細ると、各国の買い手は「どこから買うか」の組み替えを迫られた。
03調達ルートはどう引き直されたか
引き直しの方向は、栄養素ごとに違う。
窒素は、湾岸・イラン中心からロシア・東南アジア・米国へと買い手が分散した。ただし価格は世界市場で1つにつながっており、どこから買っても世界価格の上昇は避けにくい。代替の柱であるロシアは制裁という別の不確実性を抱える(日本に限れば、尿素はもともとマレーシア中心だ)。
リン酸は、もともと中国が大輸出国だったが、中国はEV電池(リン酸鉄リチウム=LFP)向けの国内需要を優先し、2021年以降は輸出を絞っている。行き場を失った需要は、リン鉱石の埋蔵の約7割を握るモロッコと、増産を進めるサウジに集中しつつある。電池とリン酸が同じ資源を奪う構図は日本のEV電池戦略は『全固体への一点突破』と地続きである。
カリは、3要素のなかで中東情勢の影響を最も受けにくい。それどころか、米国の制裁緩和でベラルーシの輸出が回復し、ロシア・カナダ・ラオスからの出荷も増えて、供給は2026〜27年も緩和方向にある。長期的には、世界生産の約3割・輸出の約4割を持つカナダの新規大型増設が、価格の下押し要因になる。
04関連する企業動向
このルートの引き直しは、企業の動きとして見るとわかりやすい。
| 企業・国 | 立ち位置 | 最近の動き |
|---|---|---|
| OCP(モロッコ) | リン酸の最大手・事実上のゲートキーパー | リン鉱石の埋蔵の約7割を握る。Jorf Lasfar工場で複数ラインを段階的に増設し、リン酸肥料の生産能力を大きく広げている。 |
| Ma'aden(サウジ) | リン酸の新興大手 | 中東情勢下でも増産でリン酸の供給拡大を狙う。 |
| Nutrien等(カナダ) | カリの主力供給国(中東影響は最小) | カナダは世界生産の約3割・輸出の約4割。米制裁緩和でベラルーシも復帰し、カリ供給はむしろ緩和方向。 |
| 中国の生産者 | 旧・リン酸・尿素の輸出大国 | 電池(LFP)向け国内需要を優先し、2021年以降はリン酸輸出を抑制。 |
| 全農・三菱商事・三井物産(日本) | 輸入の担い手 | 全農が主要原料の輸入の約半分を担い、残りを三菱商事・三井物産などの商社が扱う。全農はモロッコからリン安を緊急調達。 |
リン酸はモロッコとサウジという少数の供給者へ集中が進む一方、カリは制裁緩和で供給がむしろ緩む。リン酸では、買い手が中東リスクを避けるかわりに、特定企業・特定国への依存という別のリスクを引き受ける構図になる。
05日本の立ち位置
日本もこの引き直しの渦中にいる。肥料原料の輸入は全農が主要原料の約半分を担い、残りを三菱商事・三井物産などの商社が扱う。2021〜22年の中国の輸出制限とウクライナ侵攻を受けて、全農はモロッコからリン安を緊急調達するなど代替先を開拓した(尿素の中国依存は27%→3%、カリのロシア・ベラルーシ依存は0%へ)。
政府も肥料を経済安全保障上の特定重要物資に指定し、農林水産省がモロッコ・カナダ・マレーシアに安定供給を要請、代替調達のかかり増し経費を補助する緊急事業を講じた。あわせて備蓄(リン安・塩化カリを年間需要の3か月分が目標。塩化カリは達成済み、リン安は約2.4か月)と国産化(下水汚泥や家畜ふん堆肥でリンベースの国内資源利用を25%から40%へ)を進めている。中東リスクは消えないが、ショックの振れ幅を小さくする備えだ。資源を海外に頼る構図は日本のレアアース戦略は上流から中流へシフトでも扱ったテーマである。
結論:地政学リスクは中東からモロッコとロシアへ移る
中東情勢で肥料の調達ルートは引き直され、地政学リスクの所在も動いた。リン酸は西サハラを抱えるモロッコへの供給集中、窒素は制裁下のロシアと世界価格連動へと、リスクの主役が中東から移る。カリだけは制裁緩和で例外的に緩む。
World Bank「Fertilizer prices surge as Strait of Hormuz disruptions tighten supplies」(World Bank Blogs、2026年)/World Bank「Commodity Markets Outlook」(2026年4月、カリ市場の需給見通し)/IFPRI「The Iran war's impacts on global fertilizer markets and food production」(IFPRI Blog、2026年)/World Economic Forum「The Middle East conflict demonstrates the fragility of global food supply」(WEF、2026年)/Middle East Institute「Morocco's New Challenges as a Gatekeeper of the World's Food Supply」(MEI)/S&P Global「China to maintain phosphate export suspension」(S&P Global、2026年)/Natural Resources Canada「Potash facts」/USGS「Mineral Commodity Summaries 2025」/農林水産省「肥料原料の安定供給に向けた外交対応」/内閣官房「特定重要物資の指定について」(経済安全保障推進法、2022年11月)/JAcom 農業協同組合新聞「モロッコからリン安緊急調達 JA全農」(2022年3月)/先端農業マガジン「日本の肥料輸入と価格の最新動向【2026年版】」。