日本のレアアース戦略は上流から中流へシフト
日経記事(2026年6月10日)によれば、信越化学工業が国内で18年ぶりとなるレアアース生産設備の新増設を福井県で進め、住友金属鉱山はフィリピンで中間原料の抽出を、三井金属は九州に研究拠点を、双日は新たな鉱山開発を進める。中国は世界生産の約7割を占め、4月には対米報復として7種類のレアアース輸出規制を発動、5月の磁石輸出は前年同月比7割減に落ち込んだ。脱中国の動きは「鉱物資源そのものを別の国から買う」話のように映りやすいが、信越が能力を引き上げるのは採掘ではなく製錬の工程であり、本質は中国に集約された化学産業の国内側での層の厚みの再建にある。レアアースという言葉の中身、製錬という見えにくい急所、米中対立で繰り返される輸出規制の構図、日本企業が工程レイヤーごとに層を厚くしている現状を、経済安全保障の観点から整理する。
01レアアースは「希少」より「処理が難しい」
レアアース(希土類)はネオジム、ジスプロシウム、テルビウム、スカンジウムなど17元素の総称である。名前から「地球上に少ない金属」と誤解されやすいが、地殻に占める存在量は鉛や銅と同程度かそれ以上のものもある。問題は埋蔵量ではなく、複数の元素が似た化学的性質で同じ鉱石に混じって出てくるため、用途に使えるレベルまで一つひとつを分離する化学処理が極めて難しい点にある。
用途は社会のあらゆる場所に広がっている。電気自動車(EV)やハイブリッド車(HV)のモーター、風力発電機、ロボットの関節サーボに使う高性能磁石はネオジムとジスプロシウムを必要とする。スマートフォンの小型スピーカー、ハードディスクのヘッド、ガラス研磨剤、半導体製造装置のレーザー光源、戦闘機や精密誘導兵器など、産業と防衛にまたがって不可欠な素材になっている。「レアアースが止まる」とは、EVから防衛装備までが同時に止まるという話であり、ここに経済安全保障の急所がある。
では、なぜこの産業が中国に集中したのか。レアアースの分離・精製は強酸を大量に使う化学工程で、廃液・副産物の処理コストが高い。中国はそれを引き受ける代わりに、世界の処理工程を一国に集約してしまった。中国が支配しているのは鉱物そのものではなく、化学処理の集約地と言い換えてよい。
02本丸は採掘ではなく「製錬」工程
中国の支配を語るとき「世界生産の約7割」という数字がよく引用される。日経も今回の記事でこの数字を用いている。これは採掘段階のシェアであって、サプライチェーンの真の急所はその下流にある。鉱山から掘り出された鉱石を、用途別の高純度な酸化物・金属に変える「製錬・分離」工程に、中国の支配はより深く及んでいる。
製錬がより深い急所であることは、今回の動き自体が証明している。信越化学が福井で能力を引き上げるのは採掘ではなく国内の製錬設備であり、住友金属鉱山がフィリピンで運営するニッケル製錬の副産物としての中間原料抽出も、製錬段階の取り組みである。鉱山を増やしても、掘り出した鉱石を粗精製した後、最終的な分離・精製のために中国に送り返すなら、実質的な依存度は下がらない。脱中国の本丸は地図上の鉱山探しではなく、化学産業の層の厚みの再建である。
もう一つ意識しておくべき事実は、レアアースの中でも用途と依存度が均一ではないという点である。EVモーター用の高性能磁石に欠かせないジスプロシウム、テルビウムは「重希土」と呼ばれ、産出地・処理ともに中国依存がとくに深い。一方、ネオジム自体は産地・代替の選択肢を相対的に持つ。脱中国の議論をするときは、レアアース全般ではなく、重希土の少数元素にこそリスクが集中していることを区別する必要がある。
03安全保障の急所 ─ 自動車から防衛装備まで
レアアースが経済安全保障の議題に上がる理由は、特定の少数元素が、産業と防衛の両方にまたがって代替が効きにくいという点にある。ネオジム磁石にジスプロシウムを加えることでモーターは高温に強くなり、EVの出力性能が保てる。同じ高性能磁石は、戦闘機・誘導兵器・艦艇など防衛装備にも組み込まれている。商用サプライチェーンが止まると、防衛装備の維持にも直結する構造になっている。
日本にとって、この急所は2010年に一度顕在化している。尖閣諸島沖の衝突事案を契機に、中国が日本向けのレアアース輸出を事実上絞り、ハイテク産業に動揺が走った。この経験のあと、日本は備蓄、調達国の分散、リサイクル技術、磁石用途での重希土削減技術などを進めてきた。日本は脱中国レアアースの問題意識を早期に持った国であり、今回の動きはその系譜の延長線上にある。
04米中対立で繰り返される構図 ─ 4月の輸出規制
2026年4月、中国は米国による高関税への報復措置として7種類のレアアース関連品目の輸出規制を発動した。直接の対象は米国向けだが、許可制への移行と通関手続きの厳格化を通じて世界全体の流通が滞った。日経の報道では、中国からのレアアース磁石輸出は5月に前年同月比で7割減に落ち込んだ。事実上の供給絞り込みである。
同じ構図は過去にも繰り返されている。2010年の対日輸出絞り込み、2023年8月施行のガリウム・ゲルマニウム輸出規制(7月発表)、2023年12月施行のグラファイト輸出許可制(10月発表)と、中国は重要鉱物を地政学的なレバーとして段階的に使い分けてきた。「重要鉱物の武器化」は突発的な事件ではなく、十数年にわたる繰り返しのパターンであり、今後も米中対立の局面ごとに再発動される前提で備える必要がある。
日本の自動車産業はこの構図のなかで再び影響を受けている。EV・HVのモーター磁石、ハイブリッド機構、電動化部品のいずれにもレアアース磁石が組み込まれており、中国側の許認可遅延はそのまま生産計画にひびく。米中の取り決めで一時的な緩和があっても、「いつでも止められる」状態が常態化している以上、調達構造そのものを変える以外に根本対応はない。
05日本企業の動き ─ 工程レイヤーで層を厚くする
日経の報じる4社の動きは、ばらばらの個社判断ではなく、サプライチェーンを工程レイヤーで見るとそれぞれが別の層を補強する役割分担になっている。1社の派手な投資で全体が完結する話ではなく、上流の鉱山確保から、中流の製錬、下流の素材化、横断的なリサイクルまで、複数のプレーヤーが層を重ねている。
具体的に4社の役割を見ていく。信越化学工業は福井県越前市で既にレアアースの製錬とネオジム磁石製造を続けており、今回の新設はこの既存拠点の生産能力増強にあたる。日経が「18年ぶり」と表現しているのは、信越が製錬から撤退していたという話ではなく、国内で新たなレアアース生産設備が増設されるのが18年ぶりという意味である。EVに不可欠な高性能磁石用の素材を日本企業に安定供給する狙いと報じられている。最大の急所である製錬・分離工程で、国内側の層の厚みを引き上げる動きである。
住友金属鉱山はフィリピン・ミンダナオ島のニッケル鉱石処理プラント(タガニートHPAL)で、副産物としてスカンジウム中間原料の商業抽出を2018年から続けてきた。日経が報じたのはこの既に確立済みの事業を延長・拡張する動きであり、新規参入ではない。「単独でレアアース鉱山を開発する」よりも経済合理性が高い設計で、ニッケル製錬の副産物として希少元素を回収する形を取る。日本企業が比較優位を持つ既存の上流製錬を、レアアースに横展開する典型と言える。
三井金属は九州にレアアース研究拠点を設置する。研究開発に軸足を置く動きで、回収・リサイクル、低重希土型素材、代替材料の探索などを念頭に置いた布石と読める。直接の量産投資ではないが、長期の依存度を下げるうえで欠かせない層である。双日は新たな鉱山開発を進める。商社の役割は採掘地の多様化と長期取引で、上流の調達構造をならす方向に効く。
4社を並べると、日本のレアアース脱中国は「1社の英雄譚」ではなく、工程ごとに別の企業が違うアプローチで層を厚くする集合的な動きになっていることが分かる。これは日本の素材・化学・商社が歴史的に積み上げてきた層構造の活かし方であり、「日の丸プレーヤー1社に集中投資する」型の中国・韓国のアプローチとは対照的である。
06残る課題 ─ 経済合理性と国策の組み合わせ
動きは始まっているが、難所は残っている。最大のものは経済合理性である。中国が長年支配してきた背景には、緩い環境規制と国の集中投資という構造的なコスト優位があり、市場価格は中国側の供給コストで決まる。日本国内で製錬所を立てれば、廃液処理・人件費・電力費すべてで中国比のコスト劣位を抱えることになる。「中国が市況を絞り込んで価格を下げれば、国内製錬所は赤字に転落する」というシナリオは現実的であり、過去にも欧米日の製錬所がこれで退場してきた。
解は、純粋な市場競争ではなく、国策バックアップとの組み合わせにある。具体的には、JOGMECなどによる長期の原料調達契約、磁石ユーザー側との複数年契約、製錬コストの差額を埋める補助・税制、戦略備蓄、防衛・重要産業向けの優先供給枠などを束ねた仕組みが必要になる。脱中国レアアースは「民間1社の判断」では完結せず、産業政策と一体になって初めて成り立つ。今回の信越化学の決断も、こうした枠組みを前提にしたうえで踏み込んだものと読める。
もう一つの課題は時間軸である。製錬設備の立ち上げ、操業ノウハウの蓄積、必要な人材の育成には数年単位がかかる。中国がいつでも輸出規制を発動できる以上、その間に再び供給が絞られたときの緊急対応として、備蓄・代替・節約(重希土削減技術)を平行して走らせる必要がある。長期の構造転換と短期の危機対応を同時並行する設計が求められる。
視点を広げると、レアアース脱中国は単発の素材問題ではなく、半導体、EV電池、医薬品原料、海底ケーブル、データセンター用電力機器など、「重要物資の中国依存を工程レイヤーで分解して、急所だけを国内に取り戻す」という枠組みが横断的に問われている時代のひとつの事例である。日本にとっての示唆は、すべてを内製化するのではなく、サプライチェーン全体のなかで自国が握るべき急所を特定し、そこに資源を集中する選択を、産業ごとに繰り返していくということになる。
結論:日本のレアアース脱中国は『化学産業の再建』に帰着する
レアアース脱中国の本質は、別の国の鉱山を見つけることではなく、中国に集約された製錬・分離という化学産業の層を国内側で厚く積み直すことにある。中国は採掘段階で世界の約7割を占め、その下流の製錬・分離工程はさらに集中している。日経が報じた信越化学・住友金属鉱山・三井金属・双日の動きが採掘よりも製錬・中間原料・研究・調達という工程に向かっているのは、本丸が下流の化学工程にあるという認識の現れである。信越のように既存の国内製錬を持つプレーヤーが能力を引き上げ、住友金属鉱山のように副産物としての抽出が継続的に積み増す、そうした既存層の重ね塗りが軸となる。残るのは経済合理性と時間軸の課題で、国策バックアップと備蓄・代替を組み合わせて走らせる以外に解はない。2010年の尖閣で得た教訓が、4月の輸出規制で再びテストされている。