ステーブルコイン決済網が「SWIFT」を置き換える日
── Circle Payments Network 構造解読
本稿は、Circle Payments Network(CPN)を、ステーブルコイン(USDC/EURC)を決済アセットとして使用する規制対応金融機関向けのオーケストレーション層として位置づけ、その構造とビジネス上の含意を解読する。5層スタック上での位置取り、3層アーキテクチャ(OFI/CPN/BFI)、米国→ブラジル送金の実例で追うエンドツーエンドの取引フロー、SWIFT・コルレス銀行モデルとの構造比較、2026年4月のManaged Paymentsローンチが意味する戦略転換、ならびにCRCL(Circle Internet Group)の収益構造への含意を順に検討する。
2026年4月、CircleはCircle Payments Network(CPN)に新モード「Managed Payments」を追加し、ステーブルコイン決済網の対象を一般のフィンテックから伝統金融機関へと拡張した。CPNはしばしば「ステーブルコインのSWIFT」と呼ばれるが、より正確にはSWIFT(メッセージング)+CHIPS(決済)+Visa(ルールブック)の機能を1層に統合したオンチェーン版と整理できる。本稿は、その3層構造と取引フローを解剖し、Circleの収益構造において本ネットワークが占める戦略的位置を構造的に検証する。
01CPNとは何か:決済アセットではなく調整層
Circle Payments Networkを正確に位置づけるためには、まず「CPNが何ではないか」を明示する必要がある。CPNは新しいブロックチェーンではなく、Circle自身も資金移動業者ではない。Ethereum・Solana・Polygonなど既存パブリックチェーン上で発行・流通するUSDC/EURCを決済アセットとして使用しつつ、規制対応の金融機関同士が取引相手を発見し、為替を約定し、コンプライアンス情報を授受し、最終決済を実行するための許可制オーケストレーション層である。
「ステーブルコインのSWIFT」という比喩が広く流通しているが、SWIFTは厳密にはメッセージング・プロトコルにすぎず、実際の資金決済はコルレス銀行間のNostro/Vostro残高調整で行われる。CPNはこの分業構造を1層に統合する。具体的には、(i)取引相手の探索とFXクオートの取得(メッセージング)、(ii)USDCのオンチェーン転送による最終決済(資金決済)、(iii)参加機関のVet(適格性審査)とTravel Rule準拠(ルールブック)──これらを単一APIから実行可能とする。
"CPNは、SWIFTと CHIPS と Visa のルールブックを、ひとつのオンチェーン層に折りたたんだ存在である。"
Circleが提示する累積オンチェーン決済額(USDC全量で$70T超)、2025年Q4単体でのオンチェーン取引量$11.9Tという数字は、CPNが乗るインフラ全体の規模を示すものであり、CPN固有の取扱高ではない点に注意を要する。CPN固有のトランザクションボリュームは現時点では限定的で、Circleはまだそのマイクロエコノミクス(手数料率・収益分配メカニクス)を開示していない。本稿後段で論じるとおり、これは2026年内の重要な観察ポイントとなる。
02レイヤースタックで見るCPNの位置
CPNを技術的・構造的に正しく位置づけるためには、5層の決済スタックに分解して考えるのが分かりやすい。最上位のアプリケーションが、どの層を通って法定通貨レールに着地するのか──この経路を可視化することで、CPNが「どこに新しい価値を加えているのか」が明確になる。
このスタック構造を踏まえると、CPNが「ステーブルコインのSWIFT」と呼ばれる所以はLayer 4のオーケストレーション層を新設したことにある。SWIFTは伝統金融におけるLayer 4=メッセージング・ルールブック層であるが、最終決済(コルレス銀行間のNostro/Vostro残高調整)は別レール(Layer 1の法定通貨レール上)で行われる。CPNはLayer 4のオーケストレーションとLayer 2-3のオンチェーン最終決済を一体化することで、決済時間とコストを抜本的に圧縮する。
あわせて重要なのは、CPNが下位層(USDC/EURC、ブロックチェーン、法定通貨レール)を新設しない点である。CPNはあくまで既存の規制対応ステーブルコインと既存のパブリックブロックチェーン、各国の既存法定通貨レール(ACH/SEPA/SWIFT/PIX等)を組み合わせて使う。「ネットワーク・オブ・ネットワークス」として、上位レイヤーで価値を加える戦略を採用しているのは、CircleがUSDC発行体としての規制ライセンスとリザーブ管理に経営資源を集中させる選好と整合する。
033層アーキテクチャ:OFI/CPN/BFI
CPNの基本構造は、OFI(Originating Financial Institution)→ CPN(オーケストレーター)→ BFI(Beneficiary Financial Institution)の3者間プロトコルに集約される。OFIは送金人を抱える送金側金融機関、BFIは受取人を抱える受取側金融機関、CPNはその間で取引を成立させる中間層である。
この3層分離は、表面的には既存のSWIFT+コルレス銀行の構造と類似する。決定的な相違は2点ある。第一に、CPNでは中間機関の数が常に1(CPN自身)に固定され、複数のコルレス銀行を経由しない。第二に、最終決済はNostro/Vostro残高の事後調整ではなく、USDCのオンチェーン転送でリアルタイムに、24/7で確定する。
OFI/BFIに該当するのは、Worldline、Veem、Thunesといった既存の決済サービス事業者から、各国の銀行、PSP、VASP(Virtual Asset Service Provider)まで多岐にわたる。CircleはCPN参加にあたり、AML/KYC体制、ライセンス保有、サンクション・スクリーニング能力など複数の基準で参加機関を審査する。CPNが「許可制」であるのは、各国規制当局の要請を満たしつつ、ネットワーク全体のリスクプロファイルを管理するためである。
04取引フロー:米国→ブラジル送金の実例(USD→USDC→BRL)
具体的なトランザクションがCPN内でどう処理されるか、米国の送金人がブラジルの受取人に1,000 USD相当(約R$ 5,000)を送るケースで追う。送金人と受取人の間に立つレイヤーは、Sender → OFI → CPN/Blockchain → BFI → Receiver の5層に整理できる。
- Step 1(オンランプ):送金人がOFIに1,000 USDの送金を指示。OFIは受領したUSDで自社の在庫USDCを売却、もしくはCircle Mintで新規USDCを発行(=オンランプ)する。
- Step 2(クオート要求・FXロック):OFIがCPN APIに「USD→BRL」での候補BFIと為替レートを要求。CPNはブラジル国内の複数BFIに同時にレートを照会し、競争的なクオートを集約してOFIに返す。OFIはレートをロックでき、為替変動リスクを排除できる──これは従来のコルレス銀行ルートとの決定的な相違である。
- Step 3(コンプライアンス情報送信):OFIがBFIを選択し、Travel Rule情報(送金人・受取人のKYC情報)を暗号化してCPNに送付。CPN自身は中身を見られず、指定されたBFIだけが復号できる仕組みを採る。これによりプライバシーと規制要件を両立する。
- Step 4(オンチェーン決済):CPNがオンチェーン取引オブジェクトを生成。OFIが自己ウォレットで署名・ブロードキャストし、USDCがEthereum/Solana/Polygon等を経由してBFIのウォレットに直接到着する。数秒〜数分で確定する。CCTP v2を併用すればクロスチェーン移動も可能。
- Step 5(オフランプ):BFIがUSDCを受領→自社でBRLに変換→ブラジル国内決済レール(PIX等)で受取人の銀行口座に着金。BFIはCPNにステータスを通知し、OFI側にもWebhook経由で完了通知が届く。
従来のコルレス銀行ルートが1〜5営業日を要するのに対し、CPNはエンドツーエンドで数分以内に完結する。為替リスクは事前にロック可能であり、中間機関の数は3者(OFI・CPN・BFI)に固定される。さらに、コンプライアンス・オーケストレーションがネットワーク標準として組み込まれているため、各機関が独自に実装する必要がない。
05SWIFT・コルレス銀行モデルとの構造比較
CPNの真の意義は、特定機能の効率化ではなく、コルレス銀行モデルの構造的非効率を解体する点にある。両モデルを同じ「米国→ブラジル送金」のケースで並列に図解すると、中間機関の数、決済時間、コスト構造の違いが視覚的に立ち現れる。
カードネットワーク(Visa/Mastercard)も「クロスボーダー決済の効率化」を標榜するが、これらは消費者向け決済中心の設計思想に基づき、B2Bやトレジャリー用途には最適化されていない。一方、ステーブルコインを単に「直接送金できる手段」として用いる素のクリプト送金は、機関向けレールブック(標準化されたオペレーション規則)と機関向けガバナンスを欠くため、規制対応金融機関のリスク管理基準を満たせない。CPNはこの両極の間に、機関向けレールブック × オンチェーン即時性 × 規制対応の3要素を統合した中間解として位置する。
062026年4月:Managed Paymentsという戦略転換
2026年4月8日、CircleはCPN Managed Paymentsを正式ローンチした。これによりCPNは、(i)従来型のセルフカストディ参加と、(ii)新規のマネージド参加、という2モードに分岐した。
- セルフカストディ型(従来CPN):OFI/BFI自身がUSDCウォレットを保有・管理し、オンチェーン操作とオン/オフランプを自社で実行する。クリプトネイティブなフィンテック・PSP向け。
- Managed Payments(新モード):パートナーは法定通貨でのやり取りのみで完結する。CircleがUSDCのMint/Burn、ブロックチェーン操作、コンプライアンスの一部を代行する。伝統金融機関の参加障壁を一気に下げる設計である。
"Managed Paymentsは、CPNを"クリプトネイティブ層"から伝統金融機関の標準オプションへと押し上げる戦略転換である。"
Managed Paymentsの戦略的本質は、CPNのTAM(Total Addressable Market)拡張にある。伝統的な中堅銀行・PSPの多くは、「ステーブルコインを使いたいが、デジタル資産の保管・管理コストは負いたくない」という需要を抱える。Managed Paymentsはこの需要を直撃し、参加機関プロファイルをクリプトネイティブ企業からグローバル決済事業者全体へと拡張する。決済セクター全体で観察される構造変化──プラットフォームのクリプト個別取扱化(PayPay/Robinhood/Stripe等)──の決済インフラ側のミラーイメージとも解釈できる。
Managed Paymentsの正規ローンチ・パートナーとしてCircleが公表したのは、欧州大手決済プロセッサWorldline、米B2Bクロスボーダー送金Veem、そして220超の決済手段・90通貨にアクセスを持つグローバル送金網Thunesの3社である。これに先立ち、Circleは2026年3月にシンガポールMASライセンス保有でグローバルに事業展開するTriple-AのCPN統合(BFIとして)、およびCassava Technologies傘下でアフリカ広域に展開するフィンテックSasai Fintechとの協業を相次いで発表しており、CPN本体の新興国向けレーン整備は4月のManaged Payments前から先行的に進められてきた。CPNが先進国間の高頻度送金よりも、まず新興国×先進国の高コスト・高摩擦レーンから市場を取りに行く戦略は、価格弾力性の観点からも合理的である。
07CRCL収益構造への含意
本稿で最も重要な論点は、CPNがCRCL(Circle Internet Group)の収益構造をどう変えうるか、にある。
FY2025のCircleは、Total Revenue & Reserve Income $2.75B(前年比+64%)の大部分をUSDCリザーブ運用益に依存する構造にある。これは(i)FRBの金利政策に直接連動する(金利感応度が極めて高い)、(ii)Coinbase等のディストリビューション・パートナーへの分配で圧迫される、(iii)USDC流通残高の増加がそのまま収益増に結び付きにくい、という3つの構造的脆弱性を内包する。本サイト姉妹記事「Coinbaseが受け取る、もう一つの『USDC配当』」で詳述したとおり、Coinbaseはその保有USDC分のリザーブ収益を100%取得し、加えて両社プラットフォーム外の残余分を50/50で分配する契約構造の下、Circleのグロス・リザーブ収益の概ね半分以上がCoinbaseに帰属すると業界アナリストにより推計されている(具体配分比率はCircleのForm 10-K開示および第三者推計による)。
CPNは、この構造に対して2つの解を同時に提示する。
- 解①:トランザクション手数料収益の確立。CPNはネットワーク利用料・ルーティング手数料を徴収可能であり、OFI/BFI双方からの収益チャネルとなる。これは金利非依存の収益源であり、リザーブ運用益の景気感応度を希薄化する。
- 解②:Managed Paymentsによる取り分の拡張。USDCのMint/Burn、コンプライアンス代行、ブロックチェーン操作の代行が有償化されれば、Circleはバリュースタックの「使い勝手」レイヤーで取り分を増やせる。さらにディストリビューターを介さない直接接続パートナーが増えれば、第三者ディストリビューターへの依存度が下がる。
もっとも、現時点でCPNの収益貢献度は限定的である。CircleはCPNの取扱手数料率や課金スキームを正式には開示しておらず、Q4'25時点の決算開示でも「Transaction Services」セグメントは概念的に設定されているに留まる。2026年5月11日のQ1 2026決算が、CPNのマイクロエコノミクス開示に関する最初の重要な観察ポイントとなる。具体的には、(i)Tx Servicesセグメントの売上規模、(ii)CPNの取扱高(On-CPN volume)、(iii)take rate(手数料率)、(iv)Managed Payments関連の付加収益──これらの開示有無と粒度が、CRCL株のバリュエーション議論に直接影響する。
08USDC・CPN・Arc:3層戦略における位置づけ
最後に、CPNをCircleの「3つの製品」の中でどう位置づけるべきかを整理する。
第一層はUSDC/EURC(アセット層)である。これは規制対応のステーブルコインそのものであり、価値の単位として機能する。第二層はCPN(ネットワーク層)──USDCを使った決済オーケストレーション層であり、本稿の対象である。第三層はArc(インフラ層)──2026年Mainnetローンチ予定のCircle独自L1ブロックチェーンで、USDCをガス・トークンとして採用し、CPN処理の最適化を図る。
この3層が完成すると、Circleは「アセット発行→決済ネットワーク→ベースインフラ」の全垂直統合を持つ規制下ステーブルコイン経済圏のフルスタック・プロバイダーに位置づけられる。Visa(カードネットワーク)、SWIFT(メッセージング)、各国中央銀行(決済システム)の機能を1社で代替し得る構図である。当然、これらの既存プレーヤーがCPNと競合関係に入るシナリオは想定される一方、Visa等が逆にCPN参加機関となる補完シナリオも論理的にあり得る。Circleの戦略的選好は、対立よりも補完の側にあると評価される。
結論:CPN は第三のグローバル決済ネットワーク
本稿の分析から導かれる結論は、以下の3点に集約される。
第一に、CPNは「ステーブルコインのSWIFT」というキャッチコピーよりも、はるかに広い射程を持つ。SWIFT(メッセージング)+CHIPS(決済)+Visa(ルールブック)の3機能を1層に折りたたんだ統合決済層として整理することが、その本質を捉える上で適切である。コルレス銀行モデルの構造的非効率──プリファンディング、多段中継、不透明なFX、長い決済時間──を解体する設計がコアにある。
第二に、2026年4月のManaged Paymentsローンチは、CPNのTAMをクリプトネイティブ事業者から伝統金融機関全体に拡張する戦略転換である。これによりCPNは、Visa/Mastercardのカードネットワーク、SWIFTのメッセージング・ネットワークと並び立つ第三のグローバル決済ネットワークとして自己定義する位置に到達した。短期的には新興国×先進国のクロスボーダー回廊から市場を取りに行く戦略は、価格弾力性の観点でも合理的に評価できる。
第三に、CPNはCircleの収益構造を金利依存型からトランザクション依存型へと多層化する戦略的レバーである。現時点でその収益貢献度は限定的だが、これはむしろ現在のCRCLバリュエーションに織り込まれていない要素であり、開示が進むにつれてポジティブ・カタリストとなり得る潜在領域でもある。Q1 2026決算(2026年5月11日)におけるCPN関連開示の粒度は、この潜在性を市場が再評価する起点となる。
本記事はCircleおよび関連各社の公開開示資料に基づく構造分析であり、特定の証券に関する投資助言を構成するものではありません。記載のシナリオ・数値の一部は構造理解を補助する概念図として示したものであり、将来予測を保証するものではありません。
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